〜 それは「食べ物の問題」では、ありません 〜
「食べればいいだけなのに」「気にしすぎなだけ」——そう言われたことがあるかもしれません。ご自身でもそう思って、自分を責めてきたかもしれません。
でも摂食障害は、脳と体と心が巻き込まれた、れっきとした病気です。そして、治療法がはっきりしている病気でもあります。
診断名は違っても、重なる部分が多く、時期によって形が移り変わることもよくあります。どれか1つにきれいに当てはまらなくても、治療の考え方は共通しています。
食べる量を厳しく制限し、体重が下がっていくタイプです。まわりから見れば十分すぎるほど細くても、ご本人には「まだ太っている」と感じられます。これは嘘をついているのでも、見栄を張っているのでもなく、本当にそう見えている状態です。
体重が下がるほど、「やせている自分」が唯一の安心のよりどころになっていきます。だから食べることは、単にカロリーを取ることではなく、その安心を手放すことに感じられます。とても怖いことなのです。
短い時間に大量に食べてしまい(過食)、そのあと「なかったことにしよう」として、吐く・下剤を使う・極端に食事を抜く・激しく運動する、といった行動をとってしまうタイプです。
体重は標準の範囲にあることが多く、まわりからは気づかれにくいのが特徴です。誰にも言えないまま、何年も一人で抱えている方が少なくありません。
過食はあるけれど、そのあとの「なかったことにする行動」がないタイプです。過食のあいだは自分でも止められない感覚があり、終わったあとに強い自己嫌悪が残ります。
「ただの食べ過ぎ」と思われがちですが、止められない感覚と、そのあとの苦しさが、ふつうの食べ過ぎとの違いです。摂食障害のなかで最も多いタイプでもあります。
ここだけは、少し性質が違います。食べられるものが極端に少ない、量が食べられない、という状態ですが、「やせたい」「太りたくない」という気持ちは関係ありません。
理由はいくつかあります。食感やにおいが感覚的に受けつけない(感覚過敏)/のどに詰まらせた・吐いた経験がこわい/そもそも食べることへの関心が薄い——など。発達特性のある方に多く、子どものころからずっと続いていることがよくあります。
「好き嫌いが多いだけ」「甘やかされて育った」と誤解されやすいのですが、そうではありません。体重や栄養に影響が出ているなら、治療の対象になります。体型へのこだわりが中心ではないため、進め方も他の3つとは変わってきます。
食べることが「安心」や「不安」と強く結びついてしまっていること。そして、そのつらさは、まわりからは見えにくいということです。
体重が標準でも、見た目が変わらなくても、苦しさは本物です。「まだ受診するほどじゃない」と思う必要はありません。
摂食障害が続いてしまうのは、性格のせいではありません。症状そのものが、次の症状を呼ぶしくみができあがっているからです。代表的な3つの輪をご紹介します。
「これは食べない」「◯時以降は食べない」といったルールを決め、守ろうとします。
体は足りないことを察知して、食べ物を最優先にするモードに切り替わります。食べ物のことばかり頭に浮かぶ、集中できない、イライラする、気分が落ち込む——これは心が弱ったのではなく、飢えたときに誰にでも起こる体の反応です。
意志が負けたのではありません。抑えつけた反動として、生き物として当然に起きることです。
「やってしまった、明日から本気で」と、ルールをさらに厳しくします。すると①に戻ります。
戦後まもなく行われた有名な研究(ミネソタ飢餓実験)では、もともと健康で摂食障害のない男性たちに半年ほど食事を制限したところ、食べ物への強い執着、集中力の低下、気分の落ち込み、そして食べ物を目の前にすると止まらなくなる——という変化が現れました。制限をやめた後も、しばらく過食が続いた人がいます。
つまり、過食の多くは「食べることを制限した結果」なのです。これは、あなたの性格の問題ではありません。
一日に何度も体重計に乗る。鏡で特定の部分を確かめる。おなかや脚をつまむ。服のきつさで判断する。
逆に、体重計に乗らない、鏡を見ない、体のラインが出る服を着ない、という方もいます。
「体重を測らない」でも「好きなだけ測る」でもなく、週に1回、決めた日に、決めたやり方で測るという中間を練習します。そして一回ごとの数字ではなく、数週間の流れとして眺めるようにしていきます。
嫌なことがあった。人にわかってもらえなかった。ただ、なんとなく空っぽ。——そういうとき、過食がいちばん確実に、いますぐ効く方法になっていることがあります。食べているあいだは、考えなくてすむからです。
また、食事を厳しく制限することが、思いどおりにならない毎日のなかで、唯一「自分でコントロールできること」になっている場合もあります。
どちらも、その人なりに何とか生き延びるための方法として身についたものです。だから「やめなさい」だけでは外せません。代わりになるものを用意してから、少しずつ手放していく——これが治療の考え方です。
ここが、このページでいちばんお伝えしたいところです。摂食障害の治療では、お薬ではなく、心理療法——とくに認知行動療法が「主役」になります。その理由をお話しします。
他の病気なら、お薬が回復の土台になることがよくあります。うつ病も、双極性障害も、統合失調症もそうです。でも摂食障害では事情が違います。
神経性やせ症(拒食)に対して、効果がはっきり確認されたお薬は、いまのところありません。体重を増やす作用のある薬も、体型へのとらわれ自体を変えることはできません。
過食症では、一部の抗うつ薬が過食の回数を減らすことがあります。ただしそれは補助であって、薬だけでやめると戻りやすいことがわかっています。
国内外の治療ガイドラインが、そろって「心理療法を第一に」としているのは、こうした理由からです。
Section 01でお話しした「自分の価値を体重や体型で決めてしまう」という1本だけのものさし。そして Section 02 の3つの悪循環。
これらは、脳の中の物質のバランスというより、「どう考え、どう行動するか」のパターンとしてできあがっています。だから、そのパターンに直接はたらきかける方法が要ります。それが認知行動療法です。
薬で不安を下げることはできても、「体重が増えても、自分の価値は変わらない」という経験は、実際にやってみることでしか手に入りません。
摂食障害に特化した認知行動療法(CBT-E:強化型認知行動療法)では、過食症・過食性障害の方のおよそ半数から3分の2が、症状のない状態まで回復すると報告されています。
そしてもうひとつ大事なのが、その効果が治療の終了後も続きやすいということです。理由ははっきりしていて、症状を抑え込んだのではなく、症状を必要としない状態に変わったからです。
神経性やせ症では回復により時間がかかりますが、それでも治療の柱は心理療法です。
| 症状だけを止めようとすると | 認知行動療法では | |
|---|---|---|
| やること | 「過食しない」「ちゃんと食べる」と決意し、がんばって我慢する | なぜその行動が起きるのかを、記録から一緒に確かめる |
| 制限について | もっと厳しくルールを守ろうとする | まず規則正しく食べることから始める(過食の燃料を断つ) |
| 気持ちの扱い | つらさは我慢するしかない | 食べる以外の対処法を、実際に増やしていく |
| 自己評価 | 体重が減れば安心、増えれば絶望のまま | ものさしを体重以外にも増やしていく |
| やめた後 | きっかけがあると戻りやすい | 戻りかけたとき、自分で立て直す方法を持っている |
「認知行動療法」と聞くと難しそうですが、やることは驚くほど具体的です。おおよそ半年ほどかけて、次の順番で進みます。順番には意味があります。
食べた時間・食べたもの・そのときの場所や状況・気持ちを、食べた「直後」に書きとめます。あとでまとめて書くのではなく、その場で書くのがポイントです。
これは反省文ではありません。自分に何が起きているかを、外から眺められるようにするための道具です。多くの方が、記録をつけ始めただけで「思っていたのと違った」と気づきます。
治療の中で、いちばん効果が大きいのがここです。1日3回の食事と2〜3回の軽い間食をとり、食事の間を4時間以上あけないようにします。
「太るのでは」と怖くなるところです。でも Section 02 で見たとおり、過食の燃料は「空腹の時間」です。規則正しく食べることで、過食そのものが起きにくくなります。何を食べるかを変えるのは、まだ後の段階です。
測るのをやめるのでも、好きなだけ測るのでもなく、週に1回だけ、決めた日に測る。そして一回ごとの数字ではなく、数週間並べたときの流れを見ます。
体重は水分などで日々自然に変動します。その揺れに一喜一憂しないための練習です。
「これは絶対に食べない」という食品のリストを、こわくない順に、ひとつずつ試していきます。一気にではありません。「食べても、思っていたことは起こらなかった」という経験を、少しずつ積み重ねます。
鏡で特定の部分を何度も確かめる、つまむ、比べる。あるいは、いっさい見ない。どちらも不安を育てる行動だとわかっているので、その回数を扱っていきます。
ここが治療の核心です。自己評価が「体重・体型」だけに支えられている状態から、他の柱を増やしていきます。人との関係、仕事や勉強、興味のあること、大切にしている価値観。
柱が増えると、体重の変動で自分の価値が丸ごと揺れることが減っていきます。これは考え方を説得することではなく、実際に他のことに手をつけて、時間を使っていくという作業です。
治療の終わりに、「またこうなったら、こうする」を書いておきます。摂食障害は、疲れたときやストレスが重なったときに顔を出すことがあります。そのときに「またダメになった」ではなく「予定どおりの揺り戻しだ」と扱えるようにしておくのが、再発予防です。
過食が中心の方でおよそ20週(週1回・全40回ほど)、低体重がある方は40週ほどかけて進めるのが標準的な形です。
長く感じるかもしれません。でも「何年も一人で抱えてきた時間」と比べてみてください。期限が決まっていて、順番も決まっている——それが、この治療のいいところです。
摂食障害は、こころの病気であると同時に、体に大きな負担がかかる病気です。次のようなことがあるときは、心理療法より先に、体の状態を整えることが優先されます。
これは「がんばりが足りない」話ではありません。体が限界を知らせています。血液検査と心電図で確かめられますので、遠慮なくお伝えください。場合によっては、体の治療ができる病院と連携します。
思春期の神経性やせ症では、ご家族が食事の立て直しに関わる方法(家族療法)が最も効果的とされています。
体型へのこだわりが中心ではないため、「ものさしを増やす」作業は中心になりません。
よかれと思って言った言葉が、かえって追い詰めてしまうことがあります。少しだけ、目安をお伝えします。