〜 激しい感情の波と、上手につきあう 〜
DBT(弁証法的行動療法)は、感情の振れ幅がとても大きく、そのつらさが自分を傷つける行動につながってしまう方のために作られた治療法です。
1990年前後にアメリカのマーシャ・リネハンが、「死にたい気持ちが何度も戻ってくる人たち」のために開発しました。もともと認知行動療法を試したところ、「あなたの考え方を変えましょう」という関わりが、かえって「やっぱり私が間違っているのか」と受け取られてしまった——その反省から生まれています。
DBTでは、2つの要素のかけ算で説明します(生物社会理論)。
① 生まれつき、感情を強く感じやすい性質。火がつくのが早く、燃え上がりが大きく、鎮まるのに時間がかかる。これは体質のようなもので、良い悪いではありません。
② 「そんなことで」と扱われ続けた環境。つらいと言っても取り合ってもらえない、大げさだと言われる、逆に大騒ぎのときだけ反応してもらえる。こうした環境では、自分の感情を信じてよいのか、どう扱えばよいのかを学ぶ機会がありません。
この2つが重なると、感情を自分で調節する力が育ちにくくなります。本人の性格が悪いのでも、育てた人が悪いのでもなく、組み合わせの問題だ——これがDBTの立場です。
DBTは、「わかっているのに止められない」タイプの苦しさに向いています。理屈ではわかっている、でも波が来ると持っていかれてしまう——そういうときです。
感情の波と、そこから起きる行動を扱います。
効果が確かめられている領域です。
DBTでいちばん大事にされるのが、ヴァリデーション(そう感じるのは、もっともだと伝えること)です。
「そんなことで怒らないで」ではなく、「その状況なら、そう感じるのは自然です」から始めます。そのうえで「では、そこからどうするか」を一緒に考えます。順番が逆になると、DBTは働きません。
DBTの中心はスキルの練習です。性格を変えるのではなく、波が来たときに使える具体的な手を増やしていきます。大きく4つのグループがあります。
すべての土台になるスキルです。いま自分に何が起きているかに、判断を加えずに気づく練習をします。
「腹が立っている」と気づけた瞬間には、まだ選ぶ余地があります。気づかないまま行動すると、あとで後悔することになります。気づきは、感情と行動のあいだに隙間をつくるためのものです。
波がピークのとき、話し合いや考え直しは役に立ちません。ここで必要なのは、「事態を悪くせずに、この数十分を越える」手です。
冷たいものを顔に当てる、激しく体を動かす、呼吸をゆっくりにする(TIPPスキル)。ほかのことに注意を向ける、五感を使って自分をなだめる、いま行動したときの結果を先に思い浮かべる——といった具体的な方法を、波が来る前に用意しておきます。
波が来てからではなく、来にくくするための手当てです。
睡眠・食事・体調・薬など、感情が揺れやすくなる土台を整えること。感情に名前をつけて区別できるようにすること。そして、感情が命じてくる行動と、あえて反対のことをしてみる(避けたくなる場面にあえて行く、など)。
感情の波は、多くの場合人との間で起きます。だから、人とのやりとり自体を練習します。
自分の希望を伝える。相手の要求を断る。関係を保つことと、自分を大事にすること、両方を成り立たせる言い方を、場面ごとに組み立てていきます。アサーションと重なる部分です。
正式なDBTは、①個人面接 ②スキル訓練グループ ③危機のときの電話コーチング ④治療者チームの相談会という4つを組み合わせ、1年ほどかけて行うプログラムです。
ただし、この完全な形を提供できる施設は日本ではまだ多くありません。当院では、外来の中でスキルの部分を取り出して、少しずつ一緒に練習していく形をとっています。完全版でなくても、スキルは役に立ちます。
DBTは、境界性パーソナリティ症に対して最も研究が積み重ねられている心理療法です。
1991年の最初の研究以降、複数の試験で自傷行為の減少、自殺企図の減少、入院日数の減少、治療から脱落する人の減少が報告されています。2006年の研究では、経験豊富な治療者による通常の治療と比べても、自殺企図がおよそ半分に減ったと報告されました。
また、摂食障害(過食を伴うもの)、物質依存の併存、10代の自傷に対しても効果が確かめられています。
DBTは、「まず生きていること」を治療のいちばん上に置きます。いのちに関わる行動を減らすことが最優先で、そのあとに治療を続けられるようにすること、そのあとに生活の質を上げること——という順番がはっきり決まっています。
つらいときにどうするかをあらかじめ紙に書いて決めておくことも、その一部です。
DBTのスキルを実際に練習できるワークと、関連する解説です。